人はなぜ、住まいに木を植えるのか
皆様、こんにちは!
主婦ライターのヤマダです。
ここ数か月、亡き祖父母の家の修繕を始めております。将来的に移り住むことも考え、手入れを始めてみたものの……実は大きな壁にぶち当たっています。
と申しますのも、祖父母の家の庭がね・・・ジャングルなんですよ!
いや、別に食虫植物がいるとか、バナナの実がなっているとか、そういうのではないんですけどね、やたらめったら木があるんです。
桜、梅、藤、びわ、柚子、きんかん、つつじ・・・あとなんだ、よくわかんない木がいっぱい(笑)
植えすぎだろ!!!
これまでは父母が祖父母の家の手入れをしてくれており、毎年、
「ねーえ、柚子いっぱいあるんだけど、持って行かない?」と母に冷凍した柚子をいただいておりました。それがもう、20Lのごみ袋一個くらいあるんですよね。柚子料理に私は明るくないので、いろいろ調べて使っていたのですが、結局、柚子はちみつを大量に作って終わるという(笑) まあね、柚子は困ったらお風呂に浮かべちゃえばいいので、たくさんあってもいいんですが、びわとかはね~。あんまりあり過ぎても困る。
それにしてもなぜこんなに木を植えるに至ったのでしょう。私は植物を育てても片っ端から枯らすタイプなので木を植えようという気持ちがいまいちわからないのですが、見回してみると、庭に木がある家、意外と多いのですよね。祖父母の家のような日本家屋に限らず、現代的なおしゃれな一戸建てもそうですし、マンションにおいてもエントランスに植えこみを設けたタイプも多い。
なぜなのだろう。
メリットがあるから?
気になったので調べてみることにしました。
題して「人はなぜ、住まいに木を植えるのか」。

1. 住まいに木を植えることで考えられるメリット
実際に祖父母の家の木々を見ていて、これはいい! と思った項目を挙げてみたいと思います。
⓵癒し効果がある
②プライバシー保護が可能
③室温を涼しく保てる 温暖化対策にも
ひとつずつ見てみましょう!
⓵癒し効果がある
人間とは本能的に緑を求める生物なのでは、と日々思います。というのも、自分自身の話をするならば、田んぼや畑に囲まれた田舎に住んでいる私でさえ、たまに山や森に訪れると、猛烈に深呼吸したくなるからです。
まるで肺に緑成分を補給するみたいに。
なぜこうも緑を見ると安心するのだろう。この疑問を専門的に研究している研究者がいらっしゃるほど、複雑で神秘に満ちた感覚ではありますね。ただ、緑への執着の根底にあるのはもしかしたら生存本能かもしれない、と私は考えます。
たとえば、無人島に流されたとき、最初に探すものがなにかを考えてみましょう。人それぞれだとは思いますが、私の場合は食べられる木の実はないか、ですね。食べ物がなければ動くことができない。寝床を作るパワーも湧いてこない。手っ取り早く栄養を取れるものを探したい。そんなとき、緑がたくさんあったら? もしかしたら食べられる木の実があるかも、と希望を感じます。こう感じる理由は、緑が多い場所には食べ物が豊富にあると本能が知っているからかもしれません。さらに言うなら木が育つということはそこに水も存在するということ。水と食べ物がある場所、つまり生き延びられる安全な場所といえる。
今の人間社会で、木の実を探し歩くシーンはなかなか訪れませんが、想像の世界でさえそう感じるほどに、緑は生に紐づいているといえるのではないでしょうか。
つまり、私達が住まいに緑を取り入れたいと願う根底にあるのは、生き延びようとする生存本能かもしれません。
とまあ……人間の本能レベルで考えてみると大仰になりますが、そもそも木々の緑が人間に良い作用をもたらしてくれることは、科学的にも実証されていますよね。
たとえば、疲れた目に緑がいい、というのもそのひとつ。パソコン操作の後に緑を見ることで目の疲れが軽減されるというのも有名な話です。パソコンの前に座り、ブルーライトに目を焼かれる日々を送っている現代人にとって、緑は目の回復を手伝うヒーラーといってもいいかもしれません。
また、緑という色は安定、リラックス、安心、成長などといった言葉を持つ色でもあり、その言葉通り、見るだけで疲れた心を癒す効果があります。
まあ……緑を見ると心が癒される、と昔から言われていることもあり、思い込みももしかしたら幾分かはあるかもしれないけれど、前述した本能の部分が作用したからこその感覚だとするならば、あながち思い込みとは言えません。住まいに木を植え、緑を取り入れることで癒し効果が受けられる。この点は大きなメリットだと思います。

②プライバシー保護が可能
現在、私は集合住宅の1階で暮らしています。するとまあ……気になるんですよね。人の目が。
しかも我が家は小学校のすぐ横にありまして……。小学生のときって、わりとフリーダムだったりしませんか? こう、人の家の敷地に入ってはいけないのはわかっているけど、誰かのおうちのベランダぎりぎりで遊んだりとか。
それが我が家でも今、起こっておりまして。元気いっぱいの声が聞こえるのはまあいい。しかし、「ジェダイって書いてある!」とベランダに干していたTシャツの文字を読み上げられたりするのはまあ恥ずかしい(笑)
しかしここに木があるとあら不思議。ベランダや庭を見えにくくします。当然、Tシャツの文字ももう読まれない! 面白Tシャツがんがん干せる! NASAって書いたやつも!
2階以上になってくると、人の目はそれほど意識しなくてもよくなるのですが、1階に住むとどうしてもね……。なので、物件探しをするとき、1階なんだけど……と迷ったら、目隠しとなる樹木があるかどうかもチェックポイントとして考えてみてもよさそうですね。

③室温を涼しく保てる 温暖化対策にも
真夏に歩いていて、街路樹が作る木陰にほっとした経験、おありの方も多いのではないでしょうか。私はまさにその口で、日焼けしたくないのもあって、夏場は木陰から木陰を忍者のように素早く移動しています(笑)
同じことが住まいにも言えて、木があることで直接日光が部屋に入るのを防いでくれ、特に夏場、エアコンの設定温度を高めにしていても過ごしやすくしてくれます。グリーンカーテンなんかもその口ですね。
また、エアコンの室外機を木陰に設置することで、空調の効きをよくしてくれる効果も期待できます。室外機に日よけをつけてあげると室内が冷えるようになる、といわれますがそれと同じですね。
さらにいうなら、私たちの暮らしが快適になるとともに、温暖化が進む現在、住まいに木を取り入れることは環境保護にも貢献することになると考えられます。そもそも木は二酸化炭素を吸収し、酸素を作り出してくれる、地球における本当の意味での救世主ですからね。
一本の木だって決して焼け石に水じゃない。皆が積極的に住まいに木を取り入れれば、温暖化の緩和が進むと思われます。その意味で緑化に積極的な街作りをしている街は、住みやすいですし、好感度も高くなり、土地としての価値も高くなっているような?
メリットから考えても、人が木を住まいに植えたくなる心情、わかってきたような気がします。しかし、住まいに植えるとなるとそれなりにデメリットもあるのでは? 次章にて考えてみました。
2. 住まいに木を植えることで考えられるデメリット
緑が身近にあることで、心身共に良さそうというのはわかりましたが、デメリットも伝えなければフェアではない!
ということで、住まいに樹木があることで生じるデメリットについても考えてみました。
⓵定期的にメンテナンスする必要があり、手間がかかる
②通行人の妨げになることも
③適度な緑は防犯に役立つが、過度だと空き巣などに狙われる危険も……。
ひとつずつみてみましょう。
⓵定期的にメンテナンスする必要があり、手間がかかる
まずはやはりこれ……。これね、実感としてあります。というのも祖父母の家に大きな木が3本あって、めちゃくちゃ伸びちゃってるのですよ。1本は電線にかかっちゃうくらい。
脚立と高枝バサミを使って切ろうと頑張っているのですが、高所だし、怖い。1階の屋根を越える高さまで伸びてしまった木を自分でどうにかするのは難しいですから、専門業者にお願いすべきか、と悩んでいる最中です。
ちなみに、電線に自分の家の木の枝が絡んでしまった場合、どうするのがいいのか。調べてみたところ、これ、自分で対処はしないほうがいいようです。まずは電力会社に電話して、枝を払ってもらったり、防護カバーをつけてもらったりするのがいいそう。確かにそうですよね。高圧電流が流れている電線相手なので、迂闊なことをすると感電や漏電といった事故に繋がりかねませんもの。
また、こうした特殊ケースではないにしても、落葉樹の場合、葉が大量に落ちて、敷地の外まで汚してしまうこともあります。なので、葉が落ちるシーズンには掃き掃除が欠かせません。実がなる木もまた然りで、収穫が必要になります。放置すればそれを食べに鳥が訪れることもあり、鳥害の原因にもなってしまう。
・・・まめな人間でないと、木は植えちゃだめだなと実感しているこの頃です。
②通行人の妨げになることも
街を歩いていて、植え込みが立派過ぎて曲がってくる車が見えずあわや事故……なんて経験がありませんでしょうか? 木を植える場所によってはそうした事故の原因になってしまうこともありますよね。また枝が伸びすぎていて目に刺さりそうになるなんてことも。
老木が道路に倒れてきて接触してしまうというニュースも近年、増えていますよね。木も歳をとれば、その歳に適したメンテナンスが必要で、怠ると周囲に迷惑がかかってしまうこともあります。
ペットと同じで一度植えたら最後まで責任を持つ。木を植えるということは責任を伴う行為なのだなと感じました。
③適度な緑は防犯に役立つが、過度だと空き巣などに狙われる危険も……。
普段からメンテナンスをされている木とそうじゃない木。見るとわかりますよね。なんというか自然に任せたままの木は生命力が違う。自由でたくましくて。緑を感じるという意味ではこの手のかけられなさもまた魅力だとは思うのですが、これが住まいにある木となると話が変わってきます。雄々しく茂った木は濃い緑によって人の目から住まいの中を隠してくれもするけれど、言い換えれば、誰かが入り込んでも容易には見えないということ。メリットが一気にデメリットへと反転してしまう。
また、大きく茂った木が上階にまで張り出している場合、その木がよからぬことを考える人達の侵入の手助けをしてしまうことにもなりかねません。2階だから大丈夫、3階だから、と安心してはいられなくなってしまう。
さらにいうならば、剪定も伐採も、落葉の清掃もされていない住まいというのは、セキュリティにも手がかかっていない、入り込める穴が多い家だと周囲に知らせている状態ともいえます。これが実は一番よくないですよね。うちは狙い目です、と看板を掲げているのと同じですから。
家を持つ、あるいは部屋を選ぶ際、敷地内の植物が適切に管理されている状態かどうかも判断基準として見てみることが大事そうですね。

3. 終わりに
人はなぜ住まいに木を植えるのか。
住まいに木があることでどんなメリットがあるのかから考えて思ったことは、木はアイテムというよりも、守護者のようだな、ということでした。
心理的な癒しをくれることもそう。夏場の暑さからそっと守ってくれるのもそう。人の目から隠してくれるのもそう。
木々は私達をそっと見守ってくれている。本能云々の話をしましたが、あながち間違いではないのかもしれません。木々が持つ力というものを、信じているからこそ、人々は住まいに木を植えたくなるのかもしれない。
ジャングルと化した祖父母の家もまたそうだったのかも。
ただ、自然の驚異なんて言葉があるように、樹木もまた自然の一部であり、生き物です。だからこそ付き合い方が難しい。
今後もし、住まいに木を植えたいと思ったときは、まずはよく調べ、場合によっては専門業者の力を借りるべきかもしれないと今回、この記事を書きながら感じておりました。
上手に樹木と付き合って、樹木に助けてもらえる住まいにするために。
ということで、今日は「人はなぜ、住まいに木を植えるのか」について考えてみました。
今後も住まいに関するちょっとした疑問について取り上げていきたいと思いますので、どうぞまた覗いていただけますよう、よろしくお願いいたします!

