事実は小説より奇なり

「事実は小説より奇なり」の意味は現実の世界で実際に起こる出来事は、空想によって書かれた小説よりもかえって奇妙且つ面白いもので時として不思議であり怖いものであるという意味のことわざですが、この言葉をそのまま表していることが、今、起こっています。

その、今、起こっていることとは、テレビやラジオ、新聞、雑誌などなどメディアでもう既にマンション市況は踊り場にあり、データやグラフなどを用いこれから先は価格下落が著しいなどと何回も発信されているにもかかわらず、マンションを買う人が結構な人数でいるという事です。

コーラルへのマンションご購入お問い合わせは一昨年の4倍、昨年の3倍にもなるのです。

これって、コーラルだけの現象でしょうか⁉

社員総出で内覧対応させて頂いているのですが、それにしても多いなって感じです。

数々の数値やデータでも、もうこれから先はマンション市場の悪化は避けられず、マンション価格下落は必然となり、その価格はどこまで下落するかわからないとまで言われているにもかかわらずです。

また、これから先空き家は増え、ますます貧富格差は激しくなり、これらが原因となった不動産市場の激変が起こるだろうと言われているにも関わらずなのです。

一番価格が高騰している今の時期に、もう少しすれば今より一割二割引きの価格で買うことができるであろう未来が、すぐそこまで来ている可能性が高いにもかかわらずなのです。

そんな状況にもかかわらず、今、マンションを買うのは無謀ともいえる行為をする人がいることが不思議でしかないのです。

ただ、買いたいという人を止めることや、辞めさせるなどという事は毛頭からすることはありません。

だって、人、それぞれなのです。
買いたい人は、ぜひ、マンションを買っていただきたいのです。
私も不動産業者ですので、売るのは得意です。
おそらくそんじょそこらの不動産業者より上手いと自負しています。

だから、マンションも一戸建ても売却するなら、ぜひ任せて頂ければ必ず売って見せます。

ただ、今日ここでコメントしたいのは、レインズから発表される成約データからも見て取れるように、不動産市況は既に悪くなりつつあるということに対して、本当かな⁉と思うから今の気持ちを書いて見たくなったのです。

そうです。今のマンション購入の現場は、その購買状況が、私からすると奇行の何物でもないにもかかわらず、しかしそれは起こっているのです。


この状況で言えることは、未来から今を診た場合「事実は小説より奇なり」と言う言葉しか見当たらなくなってしまいます。

さて、なぜ、このような奇行が起こるのか?

それは、フィクションとノンフィクションとの差ともいうべき物差しで解説することができるかもしれません。

フィクションとは架空の出来事・人物・舞台を背景に進められる物語のことで小説などのほぼ99%がこのフィクションと言えるでしょう。

一方でノンフィクションとは史実や記録に基づいた文章や映像などのことを言い、実際にあったことで事実です。

事実に基づいた情報をもとに書かれた小説はノンフィクションになり、例えば山﨑豊子さんはこのノンフィクション作家と言われていますね。

さて、このフィクションとノンフィクション。
そう、ここには大きな違いがあるのです。

その違いとは、真実かどうかかという事です。

フィクションの場合では私たちは何も傷つきません。
しかし、これがノンフィクションになると、実際にその影響をもろに受けることがあるのです。

フィクションは架空であり言い換えれば夢なのであり、ノンフィクションはリアル真実なのです。

私は、ノンフィクション小説が大好きでよく読みます。

ただ、その小説の登場人物に成りたいとは思いませんし、もし登場人物だったとしたら「ゾッ」とするかもしれません。

なぜなら、ノンフィクション小説の内容が、出会わなければよかった、そうならなければよかったことが多いように思うからです。

そう、小説ならノンフィクションは受け入れ読むことは出来るのですが、しかしそれが自分の身に降りかかる事となるのは嫌なのです。

しかし、フィクションの場合では私たちは何も傷つきませんから、ただ単に面白おかしく読むことができてしまうのです。

ちょっと話は変わりますが、ここに事実をありのままに語っているリアルという女性と、相手が好むように事実をアレンジして夢のように語ったストーリーと言う女性の話が有ります。
ちょっと覗いてみてみましょう。


『リアル』も『ストーリー』も100年後の未来から来た未来人と言う設定です。

『リアル』がある街に入って、街人への想い入れから、これから起こるであろう真実を語りだしました。
すると村人たちが彼女を罵りはじめました。


悪罵を浴びせる街人たちに追い出された彼女は、その街を飛び出し次の街に入っていきます。


しかし、その人々もまた彼女につばを吐きかけ、罵り、彼女を街から追い出しました。


『リアル』は一人寂しく次の街へと向かうしかありませんでした。

自分の実話で喜んでくれる人、腕を広げて自分を抱きしめてくれる人に出会いたいと思いながら。


そうやって彼女は3番目の街に入っていきます。

ここの街はすでに真夜中でしたから、夜明けの澄んだ光の中で『リアル』を見て、これから起こる実話を聞けば、街人は幸せになるのではないかと思ったのです。

しかし、『リアル』を見る街の住民は家に駆け込み、戻ってきて『リアル』にゴミを投げつけました。


『リアル』は街を逃げ出し、泣きながら森の中へと入っていきます。

ゴミを洗い落とした『リアル』がふたたび森の端まで戻ると、陽気に笑ったり歌ったりする声や手を打ち鳴らす音が聞こえてきます。

そこにはもう一人の未来人『ストーリー』が居ました。

『ストーリー』が街に入ってくるのを見て、その話を聞き、街の人々が大歓迎していたのです。

街人らは『ストーリー』にあげるために、新鮮な肉やスープやパイや焼き菓子を家から持って出てきています。

『ストーリー』は、にこにこしながら人々の歓迎を受けています。

その光景を見ながら、しかし、どうすることも出来ない『リアル』は日が暮れるまで森の端ですすり泣いていました。

『リアル』のそんな姿を見ても、街の住人は軽蔑した顔で知らんふりをしましたが、『ストーリー』は『リアル』の事が気になり、会いに森の端までやって来ました。

『リアル』は『ストーリー』に、
自分が街の人々にいじめられること、
そのために悲しく寂しい思いをしていること、
人々に受け入れられ認められたいと強く願っていることを

切々と『ストーリー』に話しだしました。


『ストーリー』は目を落とし、ちょっと脇の方へ目をそらして言います。


「みんながあなたを受け付けてくれないのは当たり前よ。裸の『リアル』なんか誰も見たくないのよ。ましてやあなたの話って面白くないもの。」

『ストーリー』は『リアル』を哀れに思い、これを着るようにと彼女のカラフルで美しい衣を『リアル』に渡しました。

『ストーリー』の美しい衣をまとった『リアル』は、『ストーリー』と一緒に近くの街へ歩いていきました。

街人らは2人を見て好意に満ちた温かい挨拶を送りました。

『ストーリー』の衣をまとった『リアル』はとても美しく、ついつい目をやりたくなるくらいだったのです。

その日以来、『リアル』は『ストーリー』と一番親しく旅を続けています。

そして『ストーリー』の衣をまとうと、裸のときよりもずっと人々に受け入れてもらえることを『リアル』は知り、その衣を手放すことが無くなりました。。

そう、『リアル』は衣をまとい、真実を少々アレンジして実話とは違う物語と変化させ、街人に受け入れられるようになって喜ぶことができるようになったのです。

しかし、本当の真実にこの衣は有りません。

その先に起こるものは、まぎれもなく真実の実話で、面白おかしくなんてアレンジできないのですから。



いかがでしたでしょうか?

これは、人々が求めているのはリアルな真実(事実)ではなく、好まれるようにアレンジされたストーリ「物語」というお話なのですが、これは今の不動産市場の世界にも当てはまります。

不動産市場の世界でも、真実(事実)は嫌われ「物語」は好まれるのです。

専門家と言う人たちの無責任な希望があるかもしれない言葉には拍手喝采する人はいても、真実を曝け出しているデータやグラフに対して、見たくもないし拍手喝采する人はいないのです。

例えば、1割も2割も衣を着せた高額な査定額では売れないにも関わらず、衣をかぶせた査定額を提示して、その先どうなるかなど不動産屋は知っちゃいないのです。

しかし、この衣をまとった査定額を私たちは好みます。

不動産屋はストーリーは作るのが上手いです。
しかし、それはあくまでストーリーであり、リアルではありません。

物語に出会うために映画館へ行く人はいても、事実を淡々と語るプレゼンを聞きに行きたい人はいないのです。
逆に言えば、ストーリーの力はそれだけ私たちの心を動かしてしまうのです。
リアルを見たくない人は多いのです。

しかし、これから先に起こることとしてはっきりしていることは有ります。
それはデータやグラフに出ているのです。
がちリアルそのもの。

今、マンションを買う人は物語の中の主人公なのでしょう。そうフィクションの世界の住人なのです。
反対に、今、マンションを売る人は、ノンフィクションの世界の住人なのでしょう。
しかし、そのノンフィクションにも衣が被さっています。

コーラルの査定額は、この衣を被せていません。
だから嫌われるようです。
反対に多くの不動産業者は、この衣で覆い、被せて査定額を提示するみたいです。
という事は、そこには真実は有りません。

それでも、リアルとストーリーは時に仲良く共同で売却活動(一般媒介契約でコーラルと他社を競合させること)することがあります。
このときは、ストーリーがリアルと共鳴し、フィクションじゃ無くなりノンフィクションとなる場合が高確率であります。

但し、ストーリーだけを信じた者は、さて、その先どうなるかはもうお分かりですね。

フィクションとノンフィクション。その差がとても大きいという未来の事実。

あなたは、さて、これからの未来、どう行動しますか⁉

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